昨年、僕の父が亡くなった。
 闘病生活ではあったが、生活に支障は無く、通院も自分で車を運転し、二世帯住宅ということもあり、毎日次男の保育園の送迎もしてくれ、本当に感謝していた。
 亡くなる前日も、仕事から帰宅し普段通りの何気ない会話をし、その後しばらくして体調が悪くなり、自分の車で病院へ行き、心配していると父から電話が鳴った。「今晩だけ泊まって、明日帰れ言うけん。」との事で、僕も「そうしたらええわい。」の一言で電話を切った。
 次の日、会社での朝礼が終わると同時に病院から電話があり、急変との事で急いで病院に行ったが意識が無く、結果的に前日の電話で話した一言が最後の会話になった。悲しさや今までの感謝や色々な後悔などが込み上げ、「ありがとう。ごめんな。ゆっくり休んでな。」と変わり果てた父の耳元で何度も何度も泣きながら言った記憶が今でも時々蘇る。
 二世帯になり次男が生まれたのもあり、長男以上に次男をかわいがってくれ、色々なところにも二人だけで行ったりもし、次男もワガママが言えるので、絵に描いた様なおじいちゃんっ子だった。
 通夜の日も葬儀の日も泣いていた僕を見て長男も次男も普段見ない父親の姿にポカンとしていたが、普段のヤンチャな2人の子供が、何となく気遣ってくれてた様に思えた。
 今になって思う事や月並みの事ではあるが、家族・友人・知人他、今まで以上に普段の会話や人との繋がりを大事にしたいと最近特に思うようになった。
 僕の気持ちの中では、次男が今年の春に小学生になるので、父に小学生になった次男の姿を見せてやりたかったのが残念だが、毎日欠かさず仏壇の前で手を合わせる長男・次男の姿を見て、すこし安心する。長男・次男はかわいがってもらった思い出を、僕自身は感謝の気持ちを忘れず、子供たちと共に成長していきたいと思う。