先日、知人の奥方が娘の子(幼い孫)の世話の為、奈良へ2ヶ月間行っていた。その間、家の中に居ない寂しさを感じつつも実に快適な生活を送れたと言う。自由奔放”酒とバラの日々”であったらしい。食べたい時に食べ、酒は飲みたいだけ飲み、テレビも見たいだけ見る。思い付いたらいつでも出かけ、寝たい時に寝る。食事は米を洗うだけ、後は炊飯器の仕事。おかず、酒の肴は近くのスーパーへ行けば何でもある。まるで、独身に戻った様で若返ったと言う。奥方は孫の世話で大変だったようで、子育ては若い時にするものだと実感したそうである。
 実は私、3年くらい前から夫婦で時間を共有していません。食事も寛ぎ(くつろぎ)の時間も寝る時間帯も、それぞれ別である。30年以上夫婦生活を過ごすと会話はなく、顔を見ない日も度々、それでいいと思っている。子供達は離婚するのではないかと心配していたようである。が、今では二人の生活に慣らされ普通に接している。
 今、某テレビ局で放映されている”人生の楽園”。壮年の夫婦が今まで生きてきた生活基盤を脱し、常日頃抱いてきた夢を実現し、新しい”桃源郷”で生き生きと暮らす夫婦像を紹介している。”お前百までわしゃ九十九まで”。死ぬまで共に時間を共有するのも一つの生き方であろう。しかし、本当に夫と妻の間で楽しいのだろうか。そこには、壮年のかなり厳しい努力と忍耐が要求されるのではないだろうか。夫婦間でそれぞれ納得のいく生活が送れているのか。私には疑問に思えてならない。それぞれがそれぞれの生き方を生きる方が楽しいのではないでしょうか。
 色々な生き方はあると思うが、妻の行く所どこへでも所構わず”金魚のフン”の様に付いて回る、こんな夫にだけにはなりたくない。断じて!こんな事言ってのけるのも元気なうちかもしれないが、55才を過ぎれば家庭内別居も、いいものですよ!